主治医


主治医との出会い。メラノーマとの出会い。

私の・・・この癌を見つけたのは、ヒョンなラッキーな出来事が重なったから。

クリスマスの翌日、兄嫁と電話で喋っていて・・・
「ケーキもお菓子もイッパイ余っちゃったぁ。
一緒に、またパーティしよっか〜?」なんて。

兄のところと、私のところは、子供が三人、三人とも同級生で同性。
子供6人でワイワイやれば、残り物も片付くだろうと
私の家に兄嫁に来てもらった(残り物持参で)。

ワイワイ片付けたその夜、次男の頭のてっぺんの髪が抜けていた。
その前日、一歳の次男を(産まれて)始めて叩いたから〜
そのショックで髪が抜けてしまったのだと思った。
(実はオモチャの取り合いで、甥っ子に引っ張られたのだと後から判ったが)

実家の母に電話をして「明日、実家の近くの皮膚科に連れて行くから
上ふたりを見ていてね」と頼んだ。

実家の近くの皮膚科に連れて行くつもりだった。

12月27日、朝、起きてみると一面の雪、銀世界。
少々の雪なら運転できるけど〜チェーンも自分で巻けるけど〜
酷い雪だった。その日の皮膚科行きは断念した。

翌日は、主人の実家へ帰省する予定だった。
いつもの私なら(猫をかぶっていたから)そのまま皮膚科行きは
翌年に回して、まっすぐ主人の実家に向かっていただろう。

でも、その日は、途中の名古屋の病院へ寄って行くことにした。
主人の同意を求めることもなく。。。

大きな総合病院の、年末・診察最終日。
「辞めときゃ良かった」と思うほど、混んでいた。
上ふたりを主人に、病院の外に連れ出してもらって・・・
私は、末っ子の次男を抱いてあやしながら、時間潰しをしていた。
病院中の廊下の掲示板を、あやしながら・・・読んで歩いた。

掲示板の中の・・・私のホクロと同じ大きさで「全身に転移したホクロの癌」の写真に目が止まった。

腰のホクロ・・・気にはしていた。
若い頃、良く焼いた。
サーフィンをしていた頃、体中の皮が剥けたけれど、その時にはなかったホクロ。
(超ビキニで、真っ黒に焼いていた)



その頃、スカートのベルトを外すと、シカッと痛みが走ることもあった。
鼠径部のリンパにも、ゴロゴロ気になるしこりがあった。
(そう言えば、癌センターに電話して「何科にかかるの?」と聞いたままになってたなぁ〜)

でも、家庭の医学書を見ると、もっと大きなホクロしか載っていない。
本屋さんで、何冊も見てみたけれど・・・何センチもある大きなモノしか写っていなかった。

私のホクロは、腰にあったから、肉眼で見ることはできなかったけれど
鏡に映してみて・・・
5mmを越えてる程度。絶対に1cmにも達していない!


でも、掲示板の写真のホクロは、あきらかに私のホクロと同じ大きさ。
「それで、全身転移???」
「そんなの、あり???」


次男の名前が呼ばれた。
若い医師だった。
次男の頭皮と髪を見て「髪が千切れているから、外部からの力でしょう。心配ないですよ」と。

そして・・・忙しいだろうに〜まだまだ待っている患者もイッパイ居るのに・・・
隣の部屋の部長先生を呼びに行ってくれた。(確認の為に)
部長先生も同じ診断だった。

忙しいだろうに・・・
部長先生は、そそくさと自分の部屋へ戻る様子もなく、そこに、ほんわりと立っていた。

私はイケメンが好きだから〜
多分、いい顔していて育ちの良さそうな部長先生がタイプだったのだろうけど・・・
それ以上に、先生に暖かい空気を感じて、何か話をしたい衝動に駆られた。
話すことを咄嗟に捜した。
あった!

「廊下の掲示板見たんだけど・・・」と話し始めた。
「あんな小さなホクロでも、癌ってこと、あるの?全身転移ってあるの?」と。
その場で見てくれた。
若い医師と席を代わった。
先生の表情も変わった。
ほんわり暖かい空気がなくなった。

その場で、年明けに手術の日が決まった。
そのまま手術の為の検査に、病院内をあちこち回ることになった。


それからの長いおつきあい。
当時「この癌、この病院」って本にも、顔写真入りで載っている先生。
時々、どこかからの取材も受けている先生。
(今でも、名前を検索すると、イッパイ釣れてくる)

医師特有の傲慢さはあったけれど・・・
人の話を聞く姿勢のある・尊敬できる人。
何より、根が柔らかくて暖かい人。

命をかけた闘いのパートナーとして、満足を越えるほどの主治医に出会えたことに感謝。


・残り物でパーティをしたこと
・甥っ子が次男の髪を引っ張ってくれたこと
・大雪が降ってくれたこと
・私が、主人・主人の実家への猫かぶりを初めて脱いだこと
・病院が混んでいて、待ち時間がサイコーに長かったこと
・若い医師が、丁寧に部長先生に確認してくれたこと
・主治医が『イイ男』だったこと


このこと・・・すべてに感謝。